Daily Life Archive
2015.09.02
ボストンの本来の目的は
この大会の視察(アダルトな響き)です。
何十年にも渡って参加してるので
当然、毎年、仕事目線でいろいろ感じ
書ける事はあるけれど、
ま、あえて、一番、遠い目線でいうと
仕事(P)に関わる関係者とファン、ユーザー(お客さん)が
一同に集まるイベントの中では、年一回のこの大会が一番大きく。
コアな人達ではあるけれど約40カ国近くの国々から集まる訳で
そういう意味で、とても重要なイベントです。
N社が公のゲームショーに参加しなくなったり
最近ではネットでいろんなイベントが視聴できる為
自分自身、こういうイベントニ参加する機会は減ってきてる。
当然、歳もくってきてますし、
話は飛ぶけれど
遠い遠い昔、N社で業務用を開発してたころの
年一回のゲームショーは
毎年、ホント楽しみだった。
自分達が何?発表するか?その準備もふくめたいへんだったけれど
今みたいに情報網がなかったので
ゲームショーでしか他社の新作に出会えないわけで
そういう意味では、ショーの初日は、ホント、ワクワクしてたのを
鮮明に覚えてる。
自分達の商品に対してもどんな評価があるのか?とか、
いまでも、こういう若い頃の経験ってホントよかったと思ってる。
2015.08.30
アメリカなので、カラッと湿気少なめか、と想像してました
が、
意外にもボストン
湿気しっかり、ちょいジメっとした気候
歴史があるせいで、
街には古い建物,教会なども多く
ほぼホテルの周りだけですが
行き交う人とか食事してる時の周りみてても
落ち着いた人が多いなぁ、(ロスとかと較べて)
という印象。
観光地というような印象は薄く
ん〜何度もいうけど、人同様、落ち着いた街
っていう感想が一番強い。
ボストンコモン、とボストン・パブリック・ガーデンという
大きな公園が、真ん中に
どかーんとあった。
観光の写真とかみると、
あぁ、美しい公園ってイメージだけど
これまた、普通の公園って感じ。
2015.08.26
約一週間ばかし、
アメリカのボストンに行ってた。
毎年恒例、ポケモンカードの世界大会。
元気だけど、時差ぼけで若干ボケてる。
成田空港、天候悪く
ほとんど視界なし、
「えぇ?!えぇ?!大丈夫やんやろか?」と不安感じながら
無事帰国。
2015.08.15
わけあって、丹後に里帰り
里帰り、といっても、自分の家はすでにないのだけれど
親戚に里帰り。
でも、この親戚の家が、僕の正真正銘、生まれた家
僕は病院で生まれず、この親戚の家の”離れ”で
産婆さんにとりあげてもらった。
本当のおじいちゃんとおばあちゃんではないけれど
この親戚のおじいちゃん、おばあちゃんが、僕にとっては
本当のおじいちゃん、おばあちゃん、、て感じで
小学校の低学年までの記憶は、すべてココ。
もうすべてが、この家が起点になってる。
織物の工場だったので、男女あわせてたくさんの工員さん
親戚の人達、そして両親と、ほんとたくさんの人達に囲まれ
たぶん(なに不自由なく)育った(と思われる)。
別に、ややこしい家庭環境に生まれたわけでなく、たまたま
間借りしてた親戚の”母屋”に、おじいちゃん、おばあちゃん達がいてただけで
本当のジイさん、バアさんは父母両方にいた。
これ、本当に感じる自分の性格の事なんだけども
生まれて最初の5年間を、この環境の中育った事が、
自分の資質を作る上でそうとう、ん〜かなり大きかったのでは、
、と最近、強く感じる。
60年近く経って、ああぁ、そうだ!って事ですよ、
なんでもないような事だけれど。
20人近い大人の中で、僕が唯一の子供(新生児〜幼稚園児)だったわけで
どんな扱いされてたか、 容易に想像がつく。
(本人は無自覚そのものだけども、)
で、お土産でもらったオイルサーディン
この生まれた街の海でとれた”いわし”のオイル漬け
地元では「きんたる(ろ)いわし」と呼ばれてた。
子供の頃はオイルサーディンなんて食べなかったけれど
お酒を飲むようになって、この缶詰を愛用する事となる。
おいしいです、いやほんま。
2015.08.04
やっぱ、こんなに暑い日が続いてる、って
140年ぶりらしい、っすよ。
今週は、まだまだ暑さが続くとの事、、
外で仕事されてる方、
ホントたいへんですね、
で、結構年配のおっさん系に属する方達の中には
「へへへ、こんな暑さへっちゃらさ、、」的な気分で(に見える)
タンクトップ姿でいる人がいてるけども
(電車の中でも、)
なんか感じ悪い、、と思ってしまいますし
あと律儀にダークなスーツ姿でリュック背負ってる
これまた年配のおっさん系の人達
これも、この暑さの中、どうかなぁ、、と
背中とかビチョビチョちゃうの?
、、と
感じる今日この頃。
そもそも、37度近くもある、熱帯雨林気候のような
真夏の都会の街中で、日中に
スーツ着て移動しなければならない理由があるのか?どうか?
ホント、普通に考えるとオカしいやろ、と
頭壊れてる、、としか思えない、、と
毎年のように思いながら
東京のドマン中で仕事しております。
2015.08.01
いやぁ、ホンマ、東京暑い。
通勤の行き帰り、駅までの道のり、めちゃエネルギー使う。
休日、
日中はとてもじゃないけど、外でないでおこうと
夕方になってから、渋谷へモロモロ買い出しに
夜は自宅で、地味に音楽制作。
2015.07.29
「みそピー」
なんすか?それ??
ホンマのほんま、初めて聞く名前、
初めて食べた
めちゃ甘いんですね、
関西出身の自分は、
甘いオカズ、食べ物はちょいと苦手
「おはぎ」とかそういう甘い系は大丈夫です。
今日もほどよく美味しく飲めました。
Mさん、バッキーありがとうございました!
2015.07.18
17日は岩田さんの葬儀の為、京都へ
台風がきてるせいで
とにかく雨がすごかった
そんな中
たくさんの人達に見送られて
旅立たれました。
2015.07.14
先週の梅雨、雨降りから一転、
真夏のカンカン照りが続いてる。
今週、月曜、岩田さんの件で
想像以上に反響大きく驚いてる。
あの音源に関して少しだけ触れると
あのアレンジの原型は、
バルーンファイト発売当時1983年辺り?に作曲したもの。
実際のゲームBGMはハードの制約もあり
音数も構成も非常にシンプルなものです。
(個人的には、どの音源もゲームの中の音こそがベストだとは思ってますが、)
そんな会社の仕事も楽しみながら自宅で
当時はNECのPC-9801、
シーケンスソフトはダイナウエイ?ウエア?っていう会社の
プレリュードというソフトを使い、遊びのつもりで打ち込んだものが元。
当然そのデータはないけれど、カセットテープに録音してた。
当時、自分は26歳前後、岩田さんは24歳ぐらい。
今思うと笑っちゃうぐらい若かった時代。
ゲームの音源に較べると、大げさな展開になってるけども
あのゲームをやってる時の気持ちをうまく音楽にできたのでは?!
、、と個人的に気に入ってて、ずーと岩田さんに
渡したいなぁ、と思ってた。
なぜなら、岩田さんがBalloon Tripというゲームをプログラムして
なければ生まれこなかった曲だったから。
で、それから何年も、そのテープの存在をずーっと忘れてたのだけど
8年前くらいに、テープを整理してると、その音源がでてきて
たまたま岩田さんとの打ち合わせの時、約25年前のものですが
と岩田さんにそのデータを(半強引にw)渡した経緯があった。
当時から忙しい方だったので、聞いてくれてたか?どうか?
どんな感想をもってくれたか、結局聞けずじまい、、
というようなエピソード。
今週末は岩田さんの葬儀の為、京都に戻る予定。
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